桜

春がめぐり、桜の便りが届くころと

なりました。

我が家にも夫が生まれる前から

裏庭に根を張っていた

彼岸桜がありました。

長い年月、家族を見守り、

春ごとに窓いっぱいに

花を咲かせてくれた桜です。

しかし昨年、

その桜はとうとう倒れてしまいました。

春の光をやわらかく遮り、

外からの視線をそっと和らげ、

鳥たちが枝に遊びに来る、

そんな日常の光景が、

当たり前でありながら

どれほど私たちの暮らしを豊かにしてくれていたことでしょう。

春になると、

「我が家の桜が一番」と思い、

わざわざ花見に出かけることもしませんでした。

家の中から眺める桜がなにより贅沢で

家族にとりましては

ささやかな誇りでもありました。

けれど、その桜を失って

初めてその存在の大きさに改めて気づきます。

今春は、ふとした瞬間に桜が恋しく、

寂しさが胸にこみ上げてまいります。

「清水へ祇園をよぎる桜月夜

今宵逢う人みな美しき」

与謝野晶子

この歌のように

夜桜に照らされる人々の姿にさえ

心がほのかに揺れるような

そんな春です。

それでも、桜は街のあちらこちらで変わらず

咲き誇り、

春の訪れを告げてくれます。

失ってなお、心に生き続ける桜の記憶に

感謝しつつ、

今年は久しぶりに外の桜を見に出かけてみようかと

思っております。