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ミセス サファイア 静けさの中で

四季を感じながら、食と好きなもの、日々の出来事を通して心のままに綴りたいと思います。


by sapphire
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6月15日



毎年 巡り来る6月15日、
今年の その日は、
六年前と同じ金曜日でした。


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今の愛犬の母親犬である
先住犬が逝った日のことを
昨年、私はブログで綴りました。



その日の朝まで 元気だったクローエ、
数日前には 定期検診を無事に済ませたばかり、
かかりつけ医から紹介先の病院に向かう途中のことでした。


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私が運転する車の助手席、
娘の腕の中のクローエは、
一瞬 伸びをしたようになり、舌を出し
そのまま息絶えました。

その直後、
私の車は 動かなくなりました。

見ず知らずの方と娘が 車の外で話し合い、
その方が 私とクローエを動物病院まで 連れて行って下さることになったようでした。

娘は、
道路を塞いでしまった車のもとに残り
迷惑をかけている方々に詫びながら交通整理をし、
JAFの方の到着を待ちました。

私は、その方の車にクローエを抱いて
乗せていただきました。

薄暗い夕刻の田んぼ道、
車は猛スピードで走りました。

助けて下さい!お願いします!
私は
そればかりを泣き叫び、
半狂乱のようになっていました。
しかし、その一方で、
私の膝の上のクローエが
もう重たくなっていることを感じていました。

到着した動物病院の診察室、
はじめてお会いする獣医の先生から、
「この子はもうこの世にいません」
と告げられました。

それから、
どれだけの時間が経ったのかわかりません。
私は
しばらく、我を失い 椅子に座っていました。

その方は、待合室で
私の気がすむだけ 待っていてくれました。

その方は、
一度だけ電話をしておられました。
「急用ができて、少し遅くなる」
声をひそめて話をされているのが
かすかに聞こえました。

この時、
私は なぜ、
この一言が友人に発せられなかったのだろうと
自分を責めました。

もし、朝のうちに
クローエを病院に連れて行けば
こんなことには なっていなかったのかもしれない…。
友人とのランチの時間をもう少し遅くすることは
できたのではないか…。
その思いはその後も続き、
どんなに否定をされ慰められても
拭い去ることができない自責の念となりました。


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骨壷に納まったクローエを
連れて帰った後、一度だけ、
その方に電話をさせていただきました。
その時居合わせた他の方からのアドバイスで
何かあった時のためにと連絡先は 交換していました。


無事に送ったことを報告し、
直接、お会いしてお礼を申し上げたい
と申し出ました。
しかし、その方は
当然のことをしただけとおっしゃり、
お会いすることは叶いませんでした。
それは、あの日と同じ優しいお声でした。

突然にして逝ったクローエが
残したメッセージは何だったのか。
その方のご厚意にどのように報いたらよいのか。

深い悲しみと
クローエを助けられなかった自責と後悔が続く中、
私は、そればかりを考え、
読経と写経を繰り返しました。


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現在、私は、
自分に出来る限りの動物愛護活動に参加しています。

そして、
愛犬との生活を愉しみ、
健康への努力を 日々 忘れることなく暮らしていきたいと思っています。

あれから六年、
いまだ、模索の日々ですが、
それを クローエからのメッセージの一つとして受け止めています。

その方の精神性には 至らずとも
あの日あの時のご厚意は
決して忘れてはいけないと思っています。


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クローエが逝った年から
我が家の庭で 見かけなくなった
紫陽花。
あんなにも 雨の庭に、彩りを与えてくれた
紫陽花が、
昨年も 一輪、今年も一輪咲くのみです。

我が家の紫陽花は、
あの年から
クローエが虹の橋に咲かせているに違いありません。


私の思いを綴る場所があることに 感謝します。


by mary_snowflake | 2018-06-16 06:35 | 愛犬